美濃部美津子さんの著書「志ん生の食卓」より、「菊正をこよなく愛した」を紹介します。
「志ん生の食卓」は、五代目古今亭志ん生さんの食にまつわる話を、長女である美濃部美津子さんが親子ならでは優しく、あたたかな視点から紹介した2008年発行の本です。その中の[お父さん好みの食べもの]「菊正をこよなく愛した」を紹介します。
私自身も五代目古今亭志ん生さんの大ファンです。
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菊正をこよなく愛した
お父さんとお酒、これはやっぱし切っても切れない関係だわね。
お酒にまつわる話はたっくさんありますからね。関東大震災んとき、「東京じゅうの酒がなくなるんじゃないか」つって、急いで酒屋さんに行って、お酒をあおっ たこと。お相撲さんの双葉山と飲み比べをして、ベロベロになって帰ってきたこと。 飲んで高座に上がって、そのまんま居眠りしちゃったこと。脳出血で倒れて生死の 境を彷徨ったってのに、目が覚めて開口一番、「酒くれ」って言ったこと――。ほ んとにもう、きりがないほどです。
だけど、これもよくあたしはお話しするんですが、お父さんはそんなに大酒飲み
ではありませんでした。家にいるときは日本酒をコップに一杯か二杯がせいぜい。 ちびちびっとやってるのは最初だけ。すぐにキューッと飲み干して、「お代わり」 ってんだもの。いくら一杯か二杯つったって、そんなにキューッと飲んだら体には よくないじゃない。家族みんなして、「もっとゆっくり飲みなよ」つったもんです よ。でも、飲み方はしまいまで変わらなかったわねぇ。きっとあれよ、ゆっくり飲 んでたら誰かに飲まれちゃうとでも思ってたのよ。そんっくらいお酒が好きだった んだから。
飲んでたのは日本酒。冷やでコップ酒ってのが決まりでした。お猪口だと差しつ差されつってなるじゃない。それが面倒だったのね。第一、お父さん、お客さんな り噺家仲間なりとじっくり飲み交わすってのも苦手だったもの。自分が飲みたいだ け飲んで、サッサと帰っちゃうような人でしたよ。飲み屋さんで隣り合わせた人に 勧められるなんてもってのほか。「師匠、一杯」なんて言われようもんなら、もう 意地んなって「絶対、飲まねぇ」つって、店出ちゃったといいますから。酒を飲む
って雰囲気が好きな人もいますけど、お父さんは根っから酒ってものが好きだった
んでしょうね。

家で飲むときの銘柄は『菊正宗』だった。それも特級。今でいう特選らしいんで
すけどね。日暮里に引っ越す前、動坂(文京区千駄木)ってとこに住んでたんですが、そんときからのおつきあいの『やべ酒店』って酒屋さんが持ってきてくれてたんですよ。何でも蔵元からできたものを直接、送ってもらうとかで、店で売ってるもんとは別口だったって聞いてます。家では一時に一升瓶で五本、馬生んとこで三
本頼んでたわね。
本当に特別なお酒だったようでね。家じゃあ、お客さんにはあんましお酒は出さなかったんだけど、馬生んちではお茶代わりに出してたのよ。そうすっと、みんな 「旨いですね」つぅわけ。で、馬生が「特別なんだよ、持ってくか」つって、お土 産に一升瓶抱えて帰った人もいるのよ。
お父さんが倒れてっからは、『菊正』を薄めて飲ませてたんですね。せっかくのいいお酒をもったいないんだけど、生のままだと度数が高いから。でも、長年お酒
を飲み続けてきた人ですからね、お父さんは疑ってたみたい。しきりに「近頃の酒
は水っぽくなったなぁ」とか言うわけよ。でも、あたしもすっとぼけて「そう?へんねぇ」とかわしてたの。
そんなある日、『やべ酒店』の息子さんが、ウチに集金に来たんです。お母さん対応してたら、奥からお父さんが「オイ、誰だい」と声をかけて。「酒屋のおにいちゃんだよ」ってお母さんが答えると、「悪いけど、ちょっと話があるから上がって」とお父さん。
息子さん、何か失敗したかとドギマギしながらお父さんの前に立ったそうですよ。 そしたら、「なんかぁ最近、酒がどうも水っぽいんだよ」って。息子さんも体のために薄めてること知ってんだけど、言えるわけないじゃない。追い討ちかけるように「何か違うんだよ。薄いんだよ、ウチの酒ぁ」。息子さん、どうにも弱ったって顔しちゃって気の毒でねえ。
あわててあたしが「特級だと度数が高いから一級酒に変えたんだよ」つって助け 舟出したんですよ。そしたら紙入れを出して、「これで一番いい酒買って来い!!」
つったって、ほんとはそこの酒屋さんで一番いいお酒なんだから。その上なんてあるわけない。
それでも末期のお酒は、薄めたりしてない本当の『菊正』特級酒でしたからね。
「ああ、旨いなぁ。酒はやっぱり旨いよ」
「そう? 美味しくってよかったねぇ」
これがお父さんと交わした最後の会話ですからねぇ。ほんと、お父さんらしい言 葉です。
あたしもあんとき、「もう先が長くないんなら、ちゃんとしたお酒飲ませてあげ たい」って、思ってよかったですよ。でなけりゃ、お父さん、死んでも死にきれな
かったかもしれませんね。
でも、今はもう安心してます。きっとあっちの世界で誰に止められるでもなく、 心ゆくまでお酒を楽しんでるでしょうから。
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美濃部美津子さんの著書「志ん生の食卓」より
2008年2月6日 第1版第1刷発行
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「志ん生の食卓」
目次
はじめに
お父さん好みの食べもの
・一番好きだったのは納豆
・出ない日はなかったひと品
・魚といえば一も二もなく
・志ん生特製ちらし寿司
・菊正をこよなく愛した
・最後の食事
外で好んで食べたもの
・締めにはお酒をかけて・・・・・・
・高座での居眠りと『多古久』
・『みの家』の桜鍋と羽子板
・たぐるのが江戸っ子
家族の食事
・お母さんの子どもへの愛情
・うちの朝の定番は
・お昼は簡単に
・ニンニクと飴玉
・晩のごはん
・行事のときには
・すいとんと戦争
・私の得意料理
あとがき
一家の愛したお店一覧
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五代目古今亭志ん生さんは、明治後期から昭和期にかけて活躍した東京の落語家。私の最も好きな落語家さんです。
長男は10代目金原亭馬生さん、次男は3代目古今亭志ん朝さん。お二人とも落語界で活躍。
美濃部美津子さんは長女、次女の美濃部喜美子さんは三味線豊太郎。
志ん生さん1973年9月21日に惜しまれながら死去されています。
